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洞坂 (ほらざか) [坂]

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洞坂 (港区高輪3-16と19の間)
標識には「ほらざか 法螺坂・鯔坂とも書く。このへんの字(あざ)を洞村(ほらむら)と言った。洞村とは昔ほら貝が出たとも、またくぼ地だから、洞という等様々な説がある」とあります。

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この細い急な坂を下りきると、幕末に日本初のイギリス公使館が置かれていた「東禅寺」があります。


無縁坂 [坂]

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無縁坂・台東区池之端1丁目から文京区湯島4丁目へ上る坂。

旧岩崎庭園の北側に位置し森鴎外の「雁」の主人公・岡田青年の散歩道と言うことで有名になり、また我々年代では「母がまだ若い頃~~」ではじまるグレープの歌「無縁坂」でなじみ深い坂。

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坂下から・左手が旧岩崎庭園



南部坂 [坂]


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南部坂(港区六本木2丁目と赤坂2丁目の境)
標識には『なんぶざか・江戸時代初期に南部家下屋敷があったためといい「忠臣蔵」で有名である。のち険しいため難歩坂とも書いた」とあります。

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南部坂と忠臣蔵 ・ 浅野家断絶後、浅野内匠頭の夫人 瑶泉院は生家である三次浅野家・土佐守の下屋敷に暮らしてい、元禄15年(1702年)12月14日、翌日に討ち入りを控えた大石内蔵助は瑶泉院に暇乞いにおもむきましたが、吉良方に計画の漏れることをおそれて討ち入りを告げずに立ち去ります。
瑶泉院が見送った、この坂が歌舞伎や講談で「嘆く瑶泉院・苦しむ内蔵助」として有名な『南部坂雪の別れ』の場所です。


江戸見坂 [坂]


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東京都港区虎ノ門2丁目と4丁目の間
標識には「えどみざか・江戸の中心部に市街が開けて以来、その大半を眺望することが出来たため名づけられた坂」とあります。
ホテルオークラ本館と別館の間の道につながる急勾配の坂で、現在ではビルが建ち並び眺望の良さはありません。

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左手がオークラ本館、現在2019年春開業を目指し工事中。

赤坂 桜坂 [坂]


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桜坂 (東京都港区赤坂1丁目) 六本木通りからホテルANAインターコンチネンタル東京の北側の道。
標識には「さくらざか 明治中期に新しく作られた道筋で坂下に戦災まで大きな桜の木があったことからこの名が付いた」とあります。

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坂道両側に桜の木が植えられており桜の花の咲く時期には美しい光景を見せてくれます。




霊南坂 [坂]


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霊南坂・港区赤坂一丁目と港区虎の門二丁目の間の坂道。
標識には「れいなんざか・江戸時代のはじめ高輪の東禅寺が嶺南庵としてここにあり、開山嶺南和尚の名をとったが、いつしか嶺が霊になった」とあります。

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霊南坂下から・右手がアメリカ大使館、左手がホテルオークラ。



仙台坂 [坂]

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仙台坂 (品川区南品川5丁目と東大井4丁目の間) 国道15号(第一京浜国道)を青物横丁からJR大井町駅に向う道路。

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標識には「仙台藩主伊達家の下屋敷や仙台味噌の醸造所があったことから仙台坂と呼ばれている。もとはこの坂の南方、海宴寺と泊船寺との間にある坂の名であったが、のちにこの坂の方が道幅が広がり交通量が多くなったため坂名が移転したものと言われている」とあります。

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坂上にある仙台味噌醸造所・370年ほど前、仙台藩主伊達政宗が江戸在勤の家来らの為に当時の邸内で味噌醸造をしたのが起源と言われています。今でもここで仙台味噌の小売りもしています。

現在都内には2っの仙台坂(品川区と港区)がありますが、いずれも近くに仙台藩の屋敷があったことに因んでいるようです。


ゼームス坂 [坂]

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ゼームス坂 (品川区南品川5丁目と6丁目の間)

JR大井町駅東口商店街を100m程行くとゼームス坂上のT字路の交差点になります。この交差点から第一京浜(国道15号線)に抜ける道がゼームス坂です。

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もとは浅間坂(せんげんざか)と呼ばれた非常に急な坂だったものを明治時代、坂下に住んでいた英国人J.M.ゼームスが私財を投じて緩やかな坂に改修しそれ以来「ゼームス坂」と呼ばれるようになったと言います。

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ゼームス坂下





闇坂 (くらやみざか) [坂]


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闇坂 (大田区山王2丁目と3丁目の間)

昔、坂のそばに遊園地が反対側に加納子爵邸があり、坂に樹木がうっそうと覆いかぶさり昼間でも暗かったために、この名がついたと言われている。現在は木が少なくなり昔の面影はないですね

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右側に遊園地、左側に加納子爵邸があった

タグ:闇坂

八景坂 [坂]


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八景坂(大田区文化財)・JR大森駅西口前の坂道(池上通り)が八景坂です。
今は緩やかな坂道ですが昔は相当な急坂で薬研の溝のようだったことから別名、薬研坂とよばれ坂の上からは、かつて房総まで一望できこの風景を愛した人達により「笠島夜雨・鮫洲晴嵐・大森暮雪・羽田帰帆・六郷夕照・大井落雁・袖浦秋月・池上晩鐘」という八景が選ばれ『八景坂』と呼ばれるようになったと言われている

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八景坂上

坂上には、八幡太郎義家(源義家)が奥州征伐におもむく途中に鎧を掛けたと伝えられる松があり、広重の浮世絵・名所江戸百景「八景坂鎧掛松」に描かれ有名です。

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八景坂からこの急な石段を上りきると鎧掛松のあった天祖神社があります。
現在、神社境内には鎧を掛けた松は、枯れてなく昭和初期までは根幹が残されていたと言います。