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門松 [ひとりごと]

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どのくらい前からだろう・・・もう5年になるだろうか? 我が家の門松がリースに代わって。。。


仙台坂 [坂]

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仙台坂 (品川区南品川5丁目と東大井4丁目の間) 国道15号(第一京浜国道)を青物横丁からJR大井町駅に向う道路。

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標識には「仙台藩主伊達家の下屋敷や仙台味噌の醸造所があったことから仙台坂と呼ばれている。もとはこの坂の南方、海宴寺と泊船寺との間にある坂の名であったが、のちにこの坂の方が道幅が広がり交通量が多くなったため坂名が移転したものと言われている」とあります。

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坂上にある仙台味噌醸造所・370年ほど前、仙台藩主伊達政宗が江戸在勤の家来らの為に当時の邸内で味噌醸造をしたのが起源と言われています。今でもここで仙台味噌の小売りもしています。

現在都内には2っの仙台坂(品川区と港区)がありますが、いずれも近くに仙台藩の屋敷があったことに因んでいるようです。


尾崎士郎記念館 [散策]


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尾崎士郎記念館 (大田区山王1-36) 尾崎士郎は明治31年(1898年)に現在の愛知県吉良町に生まれました。馬込文士村の作家の一人で「人生劇場」などの作品で知られ昭和29年(1954年)に、この地に家を持ち、ここで暮らし、この地で亡くなりました。

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この記念館は建物の中に入っての見学ではなく外から建物内を見学するようになっています。

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人生劇場文学

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大森相撲協会を結成するなど相撲好きだった尾崎士郎が鉄砲の稽古をしたケヤキの木が書斎前に現存しています。年数が経っているので、もっと高く大きい木かと思ったのですが思ったより小ぶりでした。

公園で [散歩]


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今朝は風が強くいつもより寒く感じられた。近くの公園を通ったら風にあおられた落葉が遊歩道に溜まっていた。

レモン哀歌の碑 [街歩き]


前回の『ゼームス坂』途中のドラッグストアからJR線路方向へ道を50m程入ると右手に高村智恵子の記念碑「レモン哀歌の碑」があります。

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ここは詩集「智恵子抄」で有名な高村光太郎の妻、智恵子の終焉の地です。
高村光太郎は彫刻家、高村光雲の長男として東京で生まれ彫刻家、詩人として活躍しました。その妻智恵子は福島県二本松の裕福な造り酒屋の長女として生まれ、日本女子大学卒業後、絵画を学ぶうち光太郎と知り合い大正13年(1914年)に結婚しました。
智恵子は父の死や実家の没落などで次第に精神を病むようになり、光太郎は看病に専念しましたが病状は進む一方で昭和10年(1935年)にはゼームス坂病院に入院し3年後に52歳の生涯を終えました。
ゼームス坂病院は戦後間もなく取り壊されてしまいましたが1938年智恵子が亡くなる数時間前にレモンを口に含んだ時の様子が光太郎の詩『レモン哀歌』に見事に描かれています。

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石碑は、高さ150㎝で推定される智恵子の背丈に合わせたと銘板にあります。

○レモンの碑ー銘板.jpg
石碑足元の銘板









ゼームス坂 [坂]

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ゼームス坂 (品川区南品川5丁目と6丁目の間)

JR大井町駅東口商店街を100m程行くとゼームス坂上のT字路の交差点になります。この交差点から第一京浜(国道15号線)に抜ける道がゼームス坂です。

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もとは浅間坂(せんげんざか)と呼ばれた非常に急な坂だったものを明治時代、坂下に住んでいた英国人J.M.ゼームスが私財を投じて緩やかな坂に改修しそれ以来「ゼームス坂」と呼ばれるようになったと言います。

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ゼームス坂下





小石川後楽園・Ⅱ [散策]

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通天橋下の大堰川に映った紅葉

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内庭の池に映った紅葉

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茶室の窓に映る紅葉

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涵徳亭庭の「こも巻き」



小石川後楽園 [散策]

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7日・月曜日、小石川後楽園に行ってきました。例年、師走に入ってすぐ見ごろになっていたので遅いかと思いましたが、今年は暖かだからでしょうかキレイに色づきウィークデイなのにご夫婦連れ、カメラを持った人、外国観光客など大勢の人が散策していました。

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通天橋・京都 東福寺の「通天橋」にならい大堰川の渓流に朱塗りの虹橋をかけたと言います

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闇坂 (くらやみざか) [坂]


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闇坂 (大田区山王2丁目と3丁目の間)

昔、坂のそばに遊園地が反対側に加納子爵邸があり、坂に樹木がうっそうと覆いかぶさり昼間でも暗かったために、この名がついたと言われている。現在は木が少なくなり昔の面影はないですね

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右側に遊園地、左側に加納子爵邸があった

タグ:闇坂

八景坂 [坂]


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八景坂(大田区文化財)・JR大森駅西口前の坂道(池上通り)が八景坂です。
今は緩やかな坂道ですが昔は相当な急坂で薬研の溝のようだったことから別名、薬研坂とよばれ坂の上からは、かつて房総まで一望できこの風景を愛した人達により「笠島夜雨・鮫洲晴嵐・大森暮雪・羽田帰帆・六郷夕照・大井落雁・袖浦秋月・池上晩鐘」という八景が選ばれ『八景坂』と呼ばれるようになったと言われている

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八景坂上

坂上には、八幡太郎義家(源義家)が奥州征伐におもむく途中に鎧を掛けたと伝えられる松があり、広重の浮世絵・名所江戸百景「八景坂鎧掛松」に描かれ有名です。

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八景坂からこの急な石段を上りきると鎧掛松のあった天祖神社があります。
現在、神社境内には鎧を掛けた松は、枯れてなく昭和初期までは根幹が残されていたと言います。